波のなかの砂

 「海のプロセス-言葉をめぐる地図アトラス」と名づけられた展覧会。エステティック・ライフ(中根秀夫と平田星司のユニット)が企画する、井川淳子と福田尚代との四人展である。キャリアを積んできたほぼ同世代の四名だが、グループ展を組むのはこれが初めてだという。
 ひとりの来訪者であるわたしは、その場所へと言葉を投げ返すことになった。ほかの来訪者の方々もきっとそうしているように、わたしも訪れた展覧会会場の印象を、後になって思いめぐらせてみる。

 ほぼ正方形の展示室に四名の作家がそれぞれ各一辺の壁面を受けもち、拮抗しあう会場構成である。壁面の作品をスポットライトが照らし、映像作品のプロジェクションが床面に照り返す。四つの柱が守る部屋の中央に立つと、そこは最も照度の低いエリアになって、すべての作品が浮かび上がって見える。四つの壁面から発される作品の磁力が重なり合う場所に、光は静まる。静かで内省的な空間。会場は研ぎ澄まされた空気を、ゆったりとたたえていた。
 見る者は近づいてそれぞれを見、壁面を見渡しつつ、急がずに時間を過ごすように作られた展覧会である。
 四人の作家が関わりあって企画を作り、プレゼンテーション/選抜を経て、東京都美術館のひとつの展示室に向かい、プロセスを進めてきた。四人の仕事の領域は、重なってはいない。個々の出品作は、各作家のこれまでの作品すべてとの関係のもとで生み出されてくる。それぞれの背景に、惑星系にも似た各自の重力圏を備えている。それらを十分尊重しながら、一室に集めるために彼らが採った方法は、シンプルな四分割に見えながら、高度な繊細さで整えられた均衡である。四名の出品者のあいだに築かれた均等で繊細な距離感が、この会場の骨格をつくっている。展覧会のためのプロセスが多層をなしてこの骨格を支える。

 「言葉をめぐる地図アトラス」の語が選ばれた、言葉をテーマとする展覧会だという。会場を言葉が司るということではなかった。逆に言葉はとても抑制されている。作品はどれもよく磨かれたタイトルを備えて喚起力に富む。言葉をめぐって四人の作家たちが交わしてきたやり取りは、照明を抑えた会場中央の空間に、見えない文字で重ね書きされている。

撮影 坂田峰夫 Photography: Mineo Sakata

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