『ヴォルス―路上から宇宙へ』展

川村記念美術館は、魅力的な切り口で戦後美術を紹介する美術館であると同時に、多くの優れたコレクションを持つ常設展示が充実したも美術館でもあります。マーク・ロスコの《シーグラム壁画》はこの美術館の誇るコレクションとして有名です。

1階奥の展示室の片隅には、いつでもヴォルスの小さな水彩画(あるいは版画)が2点ほど展示してあって、その絵を見るのは、私が川村美術館を訪れる小さな喜びのひとつでもあります。今回初めて知ったのですが、ここ川村はヴォルスの国内最大のコレクションを持つ美術館であり、そのコレクションを『ヴォルス―路上から宇宙へ』展で公に開いたこと自体がまずは素晴らしいことなのです。

川村記念美術館『ヴォルス―路上から宇宙へ』

ヴォルス(1913-1951)は、繊細な小宇宙とでもいうような線や色彩が、短くも謎めいた彼の生き方とともに、私たちぐらいの年代の美術家にはとても人気がありましたが、現在の「アート」の傾向からはやや外れた場所にあるためか、最近では取り上げられることの少ない画家だと思います(展覧会のホームページではヴォルスについて詳細に記述されており、資料としても充実したものになっています)。

ヴォルスはベルリンに生まれますが、父親の死後は家を離れ、いくつかの職を経て19歳でパリに辿りつき、そこでまずは写真家として名を馳せます。その性格的な要因も、もちろん時代的な(つまりナチス政権下の戦時中を生きた)要因もあると思いますが、ヴォルスが評価を受けるのは彼が38歳でなくなった後(1950年代末)のことになります。

今回の展覧会でもゲティ美術館から優れた写真のコレクションが来ています。ヴォルス特有の内的なまなざしをすでに湛え、日常の中の詩的な時間を柔らかく捉えた、とても美しい写真だと思いました。

メインの展示室では、水彩画、銅版画、油彩画と、展示の間隔を広くとって、一枚一枚の作品と対峙できるよう配置されています。音楽の素養を持ち、詩や言葉と共に生きたヴォルスですが、その小さな画面と言葉との関連については、決して強いもの(あるいは明らかなもの)ではなく、そこにある種の粒子のような響きとして、視覚の中に生まれては解けていくような感覚がありました。

「アンフォルメル」という身振りと拡大の絵画形態とは、私は異なるものとして考えますが、少なくてもその運動が後のヴォルスの評価につながったことは、私たちにとっても幸運だったと言えるでしょう。

ヴォルスの本名はアルフレート=オットー=ヴォルフガング・シュルツといい、Wolfgang Schulzeの、文字が欠けた封筒の宛名を見た彼が自らWOLSと名乗るようになったといいます。なにかそのような遊戯的感覚と、逃避と崩壊への収斂とを背負って生きた人だったように思います。

素敵な展覧会ですので是非。7月2日まで。図録もとても綺麗です。(文:中根秀夫)

川村記念美術館 4月1日

ヴォルス―路上から宇宙へ

《無題》 1942/43年
グァッシュ、インク、紙 14.0×20.0cm
DIC川村記念美術館

会期:2017年4月1日(土)-7月2日(日)
開館時間:午前9時30分-午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜

主催:DIC株式会社
後援:千葉県、千葉県教育委員会、佐倉市、佐倉市教育委員会
プレスリリース

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA